美しいポーズ

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先日描いたモデルさん。
しなやかに上体をくねらせたポーズが実にきれいです。

この体勢で十分間じっとしていることは
ふつうの人には難しいでしょう。
微動だにせず、耐えてくれました。

クロッキー、私の描き方

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古い障子紙のような大きいものをカットして使いました。
長辺60センチあまりです。

コンテでも鉛筆でも、ノリがよくて
とても気に入っています。

大きい用紙ですからカルトンをひざに載せて
できるだけ目を離して描きます。

私のばあい、
眼をまず最初に描くことが多いです。
モデルと用紙を見つめながら、
瞬間的に描く位置と大きさをつかみます。

これは小さいときからのクセで
寸法を測ったりなどはしません。
石膏などを描くときに、よくスケールのようなものを使いますが
あれはいやですね。

線ですが、
一本として想像で描く線はありません。
それだけモデルさんのつくりだす線に集中します。

いろいろな描き方がありますが
今の私にはこの描き方がいちばんです。

もっとも、
喫茶店や路上でのスケッチなど
より気を抜いたデッサンをするときは
この限りではありません。

ときにエゴン・シーレの気分で

エゴン・シーレの気分1

エゴン・シーレの気分2

クリムトとシーレ。どちらかというと私はクリムトが好きです。

今日のモデルさんは、
細身でありながらしっかり筋肉がついた青年。
そのまんまシーレの気分になりました。
緊張したポーズを取り続ける様は、新人とは思えません。

本当は「ありがとう」と言いたかった。

※線が細く見えるのは、
8Bという濃い鉛筆でグイ、と描いているにもかかわらず
用紙が縦50センチを超える大きさだからです。

ポーズの上手なモデルさん

クロッキー

古い障子紙のような用紙をオークションで手に入れました。
大きいので、約A3位の大きさにカットして
ザラザラしたほうにコンテで描いてみました。
描き味は上々です。

美しいポーズを研究なさるモデルさんです。
このポーズも、おそらくいろんな角度から見ても
絵になるでしょう。
10分もの間、この緊張した姿勢を保ち続けてくれました。
感謝!

今日は、少し気分が高揚していました。

新春の喫茶店

スケッチ

正月の三日、神楽坂の神社に行ってきました。

坂は、どの町でも風情があっていいですね。
で、入った喫茶店でみかけたお嬢さん。

山本容子さんの絵に出てきそうな女性です。
なぜか指の仕草がやけに猫的で、
ストーリーができそうです。

猫といえば、
booちゃん(猫)のスケッチもいっぱいたまったし、
そろそろ絵本でも…

猫のスケッチ

なぜか、何年経ってもなつきません。
ほら、警戒した目線!!

ただ黙々と描く

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日本画にある、「死んだような線」は
私は好きになれない。
そういうこともあってか、
クロッキーしたものを別な物に描き直すという作業も
なぜか吹っ切れないでいる。

このままではいけないことも
じゅうぶん承知した上で
次のステップに踏み込めない。

蠱惑

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残念ながらこの絵では表現しきれませんでしたが、
これまでに私が描いた女性の中で
もっとも私の心を捉えた女性のひとりでした。
それが、この絵の向かって左の女性。

もっとも右の女性も、気品に満ちあふれていて美しい方でした。

そしてこの二人の女性のかもし出すエロティックな風景。

かつて、舞踊家の薔薇絵さんを描いたときとは
まったく異なった印象でした。


作品はP8号大の和紙にコンテ

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粗めの和紙にコンテは似合います。
今回のクロッキーは、ちょっと特殊な状況。
3枚の絵のモデルさんは同一の女性です。

伊藤晴雨という画家は、
女優粟島すみ子をモデルに緊縛図を描いたといわれます。
もしそれが消失することなく残存していたとしたら…。

伊藤晴雨、しあわせな人だったようですね。

それにしても私は、
このところ、ひと月ごとに目が悪くなっていくのがわかります。

となると、
こうしてモデルを前にクロッキーやデッサンができることも
もうできなくなってしまうのですね。

幻惑

幻惑ならぬ「幻花」と形容してもいいかもしれない。
くっきりとした稜線を描く上まぶた
きりりと引き締まった唇
きもの姿ならさぞかし妖艶…
その美しい顔に似つかない白い豊満な身体。

年甲斐もなく、すっかり幻惑されてしまいました。

その女性が、これ↓

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淡彩を施すとよさそうです。

で、ダブルポーズになると、↓

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陰影を追いかける

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アトリエ路樹絵、東京グループでのデッサン会。

若い人の熱気に触発され、
学生時代を思い起こしてモデルに向かいました。

皆さん、木炭紙に量感溢れる描き込みをしていました。
私といえば、クロッキーにおさわりていどの陰影を施しただけ。
(8号大の和紙にコンテ)

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↑こちらのほうが気楽で、いいことはいいのですが、
やはり高塚省吾も言っているように
しっかり描き込むことの大切さも忘れてはいけませんね。

筋肉質ではない男性

このところ、古沢岩美が気になります。
女しか描かなかった古沢。
加山又造もまた、そうでした。

私は別に「その気持」はないのですが、
男性も絵の被写体として好きです。

今日は、モデルを名乗り出てくれたOさんのクロッキーを。

とくに筋肉質でもなく、
女性的な線です。

男性ヌード_3
男性ヌード_2

つらつら思うに、
90を過ぎたお年寄りなどは
最高の被写体。
全国を練り歩いてお年寄りの絵を描き巡る
なんか、ひとつの夢ですね。

険しい線

アトリエ路樹絵でのクロッキーです。

なぜか線が硬直していきました。
まるで、酸素の少ない高地を登っているかのように。

といって、体調が悪いわけでもなく、
モデルさんだって極上だし、
出だしは問題なかったのに。

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ただ、じっくり、ゆっくり線を引いたためか
いつになく疲れました。

いい疲れです。

昔なら、こういうときのタバコは最高でした

男と女

ヌードのクロッキー
私が最初にヌードのクロッキーをしたのは
中学校二年のときでした。
校長先生が札幌の市民会館で行われていたデッサン会に連れて行ってくれたのです。
中二といえば、まだ完全に未成年。
そして50年以上も前の話です、
女性の裸をみる機会なんて、まずありませんでした。
どぎまぎしながら、隣で校長先生が描くのをちらり見しては汗だくで描きました。
修学旅行などでも校長先生と一緒にスケッチしました。

そんな遠い昔の話をなんとなく想い出したのは、
最近こういうヌードクロッキーをする場所がふえてきたように思うからです。
それに、モデルさんが美しい人ばかりになってきました。

たとえば、アトリエ路樹絵というところが主宰するこの会、
まるで絵画ポーズ集から抜け出てきたようなモデルさんの美しさです。

アトリエ路樹絵の本拠地は名古屋ですが、最近東京にも進出しています。

ご高齢の方にこのヌードクロッキーはぜひともオススメしたいところなのですが、
なにかそういういいシステムが作れればいいですね。

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麗しの令嬢と筋骨隆々たる男性。
この女性のモデルさん、いわゆる絵になるポーズを見せてくれます。
男性のほうも同様。
ということで、二人のダブルポーズ

※以下はクリックして拡大


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蠱惑的な視線

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カジュアルな普段着の姿の時は
とくに目立つ存在ではないように思えたけれど、
モデルとしてポーズを取ったとたん、
えもいわれぬ蠱惑的な表情になる。
そんな女の人です。

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必死にその表情を追ってみました。
けれど、完全に負け。

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最後に20分のデッサン↓
じつに中途半端な描き方でした。
※これは、女性がまゆを描くときに使う鉛筆です。

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不思議な女性

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3年ほど前に描いたものです。
不思議な女性でした。

このクロッキーはコンテで描きましたが、
これからはつとめて筆を用いていきます。

「墨彩画」を著している内山雨海という方は
鉛筆などでスケッチしたものを、
改めて墨絵にする、とおっしゃっています。
そのようなことで感動が薄れやしかいか、
ちょっと心配です。

内山という画家も好きですが、
森本遥という画家のほうが、もっと好きです。

上と同じモデルさんを、もう二枚

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お互いモデルになって描く

クロッキー描きっこ1

※以下は画像クリック拡大
クロッキー描きっこ2
クロッキー描きっこ3
クロッキー描きっこ4

今日は、ちょっと変わったクロッキー会のご紹介。
はやしすみこという若い女性イラストレーターが主宰しています。

モデルを雇わないで、自分たちで代わる代わるモデルになってクロッキーをする
という考え方は、とてもいいと思います。

とてもエネルギッシュな方のようで、将来が楽しみ。
作品自体にもう少し棘ができてくるとおもしろいかな、と思いました。

林さんのウェブサイト

ブログ

ブログ

次回のクロッキー会などの問い合わせは
idealisland$w3.dion.ne.jp
(&を@に変えてメールなさってください)

次回の予定

1分間のクロッキー

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私のばあい、
通常ヌードクロッキーは3〜5分がちょうどいい。
10分以上は長すぎて、線をいじりすぎ、結果的に失敗する。

ところが、1分となると、ちょっと様子が違ってくる。

上の二枚は、そんな一分間のクロッキーを百態描こうというもの。
名づけて、マシンガンクロッキー。
モデルは男女一名ずつ。
モデルももちろん大変だけど、
描くほうにとって、一大事どころではない。

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なにしろ、描き始めたと思ったら、もうあっというまに終了。
しっかり形を把握することなどできない。

たまには、いいではないか。

今回はコンテを使用した。
鉛筆より融通が利く。

一見マニッシュなモデルさん

直立した姿は中性的なにおいがしました。
ひきしまった、それでいて筋肉質というわけでもない。
スローなパフォーマンスは男性的で、
とくに眼力に鋭さがありました。
今回は、そんな女性がモデルさん。

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すっくと立ったポーズもシャープなフォルムが

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ふつう、私は眼から描きはじめます。
位置を定めたら一気に線を引いていきます。
そんなわけで、ときどき全体の位置が狂ってしまうこともあります。

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上は、最後の20分間のポーズ。
これくらいの時間になると、私はあきてしまうので、
今回はちょと陰影を施しました。
クロッキーというよりはデッサンに近いものになりました。

マニッシュな印象はここではすっかり影を潜め
少女のような魅力をたたえています。


さて、次は
古沢岩美ばりにパッションのあるクロッキーを!
(ただし、モデル次第、ということになりますが)

ドガのことばから

ドガは、画家としてのほとんどをデッサンに費やしました。

こんなことばがあります。

「或る物を描こうとすることは、眼を意志で支えて、一種の指導する力を眼に与える。即ち此の場合我々は意志して見ることが必要なのであって、此の意志せられた眼は素描をその目的として居ると同時にその手段ともしているのである」

ちょっと難しい表現ですが、
素描は単なるものを表現する訓練ではなく、
仕事そのものだ、
と言っているようです。

私は、クロッキーと書道とは、ある意味で正反対でありながら、とてもよく似ていると感じます。

よく似ているのは、それが切りつめた緊張の中を、一瞬にして形作ること
似ていないのは、書家がイメージの中で作り出すのに対して
素描は限りなく被写体(モデル)を執拗に追いかける、
という点にあります。

以下の3点は、行為の後の、身も心も弛緩した状態。
或る意味で作為のない、ポージングの極限といえるかもしれません。

nude_pose_3
nude_pose_2
nude_pose_1

モデルさんに、感謝!

日ごろ、モデルさんをクロッキーしていながら
つくづくと考えます。
写真なら一瞬の美しいポーズをパシャッと切り撮ればいいのですが、
絵は、そういうわけにはいきません。
それを必死に追う描き手はそれなりに大変ですが、
そのポーズを3分、5分、10分…と
しつづけなければいけないのですから。

ちなみに、次の3枚の絵は、20分間、取り続けてくれた感動のポーズ。
ただ突っ立っただけでも
前を向いても後ろでも、真横でも美しい女性ですが。

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何という美しい曲線

しばし描くのを忘れるほど

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これは、ちょっと角度を変えたもの(クリックで拡大)

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どの部分を切り取っても美しい(これもクリックで拡大)

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胸を突き出したことから得られる
腕の付け根から乳房を包む線
それが組んだ脚につながっていく

目が美しい形をしたお嬢さんです
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美しい線を次々と生み出す女性

この世の終わりかと思える大震災のもようを連日テレビで見ながら、
かわいそうにと思い、むごい自然におののいたりの二ヶ月でした。

考えてみれば、マグマという炎の上に生きているのですから、
いつかは必ず出遭わなければいけないという覚悟も
しておかなければいけませんし…。

そんなことで、
公民館などで催されてきたクロッキーも
節電などのため、しばらく延期したり、ということもありました。

久し振りのクロッキーにちょっと心が躍りつつも
思うに任せない手の動きにいらだちを隠せません。

しかしこの女性、
小振りな乳房に安定感のあるお尻がほどよいバランスを生み、
柔らかな体の動きから次々と美しい線が生まれてきます。

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↑これだけは画面をクリックしてご覧ください


先日、ドガの展覧会が横浜美術館であったので行ってきました。
いかにもドガの好きそうなポーズです。
デッサンが狂って、下半身が大きくなってしまいましたが、
このポーズをとってくれたとたん、
思わず指に力が入りました。

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↑これは茶色の模造紙のような紙に鉛筆で描いたものです。
適度なざらつきがあって描きやすい


↓ベリーダンス(私は知りませんが)をやってらっしゃる方のようで
やたらと手に表情をつくります。

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非筋肉系の男性のヌード

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自分のヌードを描いてほしい

こういう依頼はよくあるのですが、
今回の男性は水泳をしていた身長190に届きそうな好青年
顔もプロポーションも日本人離れをしていて、ちょっと好きになりました。

舞踏家のような筋肉のつき方と違い、線が女性的です。
20枚ほど描きましたが、まだ続きそうです。

私はきわめて想像力にとぼしい

いつもながら思うのですが、
私は絵を描くくせに、えらく想像力が乏しいのです。
つまり、

見て描かなければ形を表現できない

それだけに、クロッキーをする際
一本の線を引くのに、モデルをしっかり見つめます。

絵を描くとき以外でも
ちょっといいなと思ったら老若男女かまわず、
電車であろうと喫茶店であろうと
けっこうジロジロ見るくせがあるものですから
場合によってはちょっと変なおじさん
という感じに映っているかもしれません。

それにしても想像力豊かな人がうらやましい。

そんなわけで、この前描いた一枚

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筆の流れのまま鉛筆で描く

はじめてクロッキーを筆で描きました。

じつは、予行演習として
百均(百円均一のお店)で半紙を買い
ひそかに練習したのです。

そのときはけっこう細い線が走っていて
こんなのもいいかも
そう思って臨みました。

始まってみると、どうしても線が太くなり
肩と肘で描いていました。

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本当は伊藤晴雨のように妖艶な線を、と思っていたのに
意に反して線はぶっとく…

これは、今通っているフィロソフィーというところで描いたものです。

ここの主宰者の方は進取の気象に富んだ方で
ポーズの研究に余念がありません。
うれしいことです。

上のクロッキーの場合、下着を着用する連続のポーズ。

こうして筆で描いているうちに
鉛筆の誘惑にかられてしまいました。
下の二枚は、その一部です。

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それにしても昔の人は鉛筆やペンなどなく
筆で絵を描いていました。
恐るべきことですね。

筆で描く

ここのところ、線でもたついています。
いろんな想いが交錯しているのでしょう。

そこで、思い切って筆で描いてみることにしました。
書道に使う一般的なものです。
紙は和紙にしました。8号大

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※いずれも画面をクリックして拡大されます

筆というのは気むずかしいもので、
コンテや鉛筆などのように力がはいりません。

力が入らないというのは筆先に対してで、
その実、けっこう肘には力が入ります。

熟練すると水墨画ふうな表現もできるのでしょうが、
技巧的なタッチはいやですし、
そのあたりのかねあいが難しいところですね。

今日のモデルさん、
絵では強調しすぎていますが
ふっくら感があって、
絵のモデルとしては描きやすいですね。

線について

絵を描くとき、
色に増して線がたいせつになります。
わたしは、微妙なかすれができる鉛筆やコンテが好きで、
一本の線で量感や強弱を描き出してきました。

しかし…

しかしそれはひとりよがりになり
ただ肉感的、刹那的で終わってしまうことが多かったのです。

パウル・クレーは線が勝ちすぎることを避けるために
あえて左手で、しかも蝋燭のゆれる炎のなかで線描しました。

またクリムトも、同じように線が一人勝手に動き回らないよう
ときに左手で、行きつ戻りつしながら線描しました。

こうした線は確かに、
一本で形をつかもうとすることより、はるかに気が安らぎ
描いていても疲れません。

私もそろそろそんな線がほしくなりました。

そんな感じで描いたのがこの作品です。

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きついポーズ

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モデルとしてもっともつらいのは、
無理のかかる姿勢でポーズをとることでしょう。
たとえば上のような。

うまく描き切れませんでしたが、
スツールの上に腰をかけた状態で両脚をまっすぐ伸ばし、
両手を添えてバランスを保っています。
その力関係がすばらしくキレイで、
まるで彫刻の作品を見ているようでした。

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似たようなポーズでも、
こうなると脱力した状態。
描くほうもスッと気が抜けたようにリラックスします。
ちなみに二点とも同じモデルさん。

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このポーズは、誰がやっても絵になりやすい形。

絵画モデルさんに想う

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絵を描く立場からは、やせている人は一般的に描きにくいのですが、
このモデルさんはポーズの作り方が上手なのでしょうか、
体の線も微妙な「ゆらぎ」があって、好きです。


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ちょっと気楽なポーズ。
こういうのは、たばこを吸うときの感じで、小気味いい。
形の狂いなどあまり気にせず、気ままに線を引いていきます。

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三枚とも同じモデルさんですが、上は、一本の棒を右手で持っただけのアクロバティックなポーズです。
(壁などに手をついていたのなら楽なのでしょうが、棒自身が不安定であり、過酷なポーズです)

バレエをやっている人でなければこのようなポーズはできませんし、
そうだとしても、非常にきついポーズです。
正直、頭が下がります。
ただ、長時間はもちろん無理で、
さすがに、私も描き切れませんでした。
しかし、美しい。
昨年、同様な男性のものを描きましたが、どちらも美しい。

職業としての絵画モデル、
時給なんかではなく年給できっちりした保証をするのが本来の姿だと思います。
資本である体を常に磨き、絵描きの前に向かって対峙する緊張した数分間。
絵描きとしての私にとって、そういうモデルさんの心理は計りかねるとしても、
もし私がモデルの側に回ればきっとそうなるであろうことを想うとき、
描かせていただく幸せをつくづく感じるのです。

デスマスクに思うこと

70歳になる姉がガンで亡くなりました。
身内が駆けつけた通夜の宴の後
静まりかえった部屋で
姉の顔に当てたハンカチを取ると
花柄のバンドで神を縛ったようすが妙にかわいらしく、
たまたまバッグに入っていた小さなスケッチブックで
デスマスクらしきものを描いてみました。

デスマスク

先ほどまで呼吸をしていた人間を描くことは
ちょっとばかり勇気が要りましたが、
別な姉が、描いたものをみて喜んでくれたので安心しました。

それにしても
葬儀のときに飾る遺影ですが、
小指大に満たない写真をもとに拡大複写したものが
5万円です。
改めて驚き入りました。

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油絵は多様な表現が可能です。

きょうはイラストレーションのために油彩による人物画を描いてみました。

アンゲリーナ・ジョリーのちょっと魅力的な写真があったものですから、
それを素材に。

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下地を施していないキャンバス(F8号)、
薄っぺらな着彩、
そして私がもっとも嫌っていた肌のぼかし…

どれをとっても本意ではないといえ、
写真に似せてあって写真とは異なる表現方法は
広告の世界で使われてもいいのではないかと思います。

話は変わりますが、私の敬愛する村山直儀という画家がおりますが、
ライフワークとして二年間、本田美奈子の肖像を制作したそうです。

それにひきかえ私のこの絵は一晩で描いた駄作。
ネックレスやイヤリング、洋服などを追加して完成ですが、
それにしても…